9/24

 峠をひたすらのぼる。
 とても寂しい感じの風が吹いている。冬のにおいがする風だ。こういうにおいをかぐと、まだ10歳に満たないころのことを思い出してしまう。僕が子供の頃住んでいたところには田んぼがたくさんあり、学校が終わるとそこで友達と遊んだ。日が暮れると散り散りになるのだが、そのときの薄暗い景色が非常に寂しい感じだった。そういうのを思い出す。
 また、夕方母親とふたりきりで家にいて、母親は黙々と晩飯の支度をしている、僕はこたつに潜り込みトムトジェリーを見ている、というのも思い出す。このトムトジェリーの合間に「あったか〜い、ハウスシチュー」というコマーシャルがあり、これを思い出すのがまたなんとも寂しい気分になる。
 寂しいというのは、もう戻らない時間にたいしての感情なんだろうか。
 峠を登りきりフランス入国。

 

9/25

 フランスのスーパーはデカい。倉庫のような感じで大量の品物を並べている。値段は安いが、ほとんどのものが数個ずつのパックになっていて、単品で買えなかったりする。
 日本のホームセンターを3つか4つくっつけたような敷地に、食料から雑貨から本からなんでも売っているというのは圧巻だ。大量生産、大量輸送、大量販売の物量作戦という感じ。高いものもあるが、安いものはかなり安い。(安いのはたいてい怪しげな中国製品)
 夜は廃屋で寝る。変な夢を見る。立ち寄った宿にゴルゴ13が泊まっていた。彼はまんがでの印象とちがい、時々微笑んだりする。そして、プラモが趣味だったりする。わりと大人しくて控えめな性格だった。

 

9/26

 ひたすらのどかな道が続く。舗装があまり良くない。
 しばらくすると片側が崖の川沿いの道になる。こういう道はなんとなく落ち着く。川があるというのがいい。

 

9/27

 旅行者はみんな「海外に出てものごとを見る視点が変わった」という。たしかに僕もそう思う。だからといって、人間的に偉くなったというわけではないが、そう思いこんでいる人もけっこういる。
 大陸横断型の旅行では、確かにいろんな文化に触れ見聞が深まるが、同じ期間で国内旅行をするのも旅の価値としては似たようなものではと思う。
 僕たちは成長するにつれ、自転車、自動車、飛行機と交通手段が増え旅の範囲が広まる。でも、これらの移動手段が使えなかった子供の頃は、家の近所のものすごく狭い路地や、神社の裏の森など、妙なところを探検していた。どこにいってもめずらしい光景ばかりだった。その光景の多くは、自分しか知らない秘密の場所だった。僕はそういう場所を見つけては、近所のガキども(自分もガキだったが)を連れていき「オレはこんな場所を知ってるんだぞ!」と自慢していた。
 成長し、いろんな交通手段を手に入れた今は、遠くに行けるようになったかわりに特定のポイントしか知ることができなくなってしまった。子供の頃は範囲は狭いものの、「面」で世界を捉えていたのに対し、現在は地図上の「点」でしか世界を知ることが出来ない。そして、その「点」を知っただけでその地域のすべてを知った気になってしまう。
 結局海外に出たところで、視野が広がり立派な人になれるわけではないのだ。

 フランスはワイン工場が多く、地方によっては村にひとつワイン工場がある。村のツーリストインフォメーションでは無料のワインもあるようだ。
 スーパーには、紙パック入り1リットル百円のワインもある。寝付けない時のために買ったりしたが、やっぱ安いのは味もそれなりで、喜んで飲むようなものじゃない。(おそらく料理用)
 スーパーでいつも買うものの中に、料理用の板チョコがある。5枚100円くらいでなかなか安い。疲労が出たときにこれを食べると一時的に力がでる。だいたい一日2〜3枚食べていた。

 

9/28

 のどかな田園風景がひたすら続く。

 

9/29

 走りながら自転車屋を探す。ぜんぜん見つからない。ツールドフランスの国なのに。
 町で人に聞いても英語がまったく通じない。よくフランス人は「英語喋れるけどプライドが高いから喋らない」といわれるけど、それはまったくの大嘘だった。はっきりいって日本人よりも英語がダメなんじゃなかろうか。

 田舎の町並みも、まるでイランかパキスタンに戻ったかのようなみすぼらしさ。 

 

 

9/30

 今日も自転車屋を探す。一軒見つけたが、MTB用のタイヤはないという。そんなわけねーだろ!と思ったが言葉がまったく通じないフランス人を相手にするのはつかれるので別の店に行く。
 次の店でなんとかタイヤを買うことが出来た。しかし、さすがフランスというべきか、自転車屋のおやじでさえ全然話しかけてこない。普段は話しかけられるのは鬱陶しいが、こう無視されるとちょっと寂しくなってくる。
 その後水を補給するためにガソリンスタンドに行く。水はないという。そんなわけねーだろ!! しかしフランス人の相手はつかれるのでそのまま立ち去る。
 午後からのぼりがはじまる。ピレネー山脈だ。

 

10/1

 のぼりが続く。道ばたには牛の糞がたくさんおちている。フランスの道はうんこだらけだ。こういうところでパンクをしたくない。まさか西ヨーロッパに入ってもうんこの洗礼をうけるとは思わなかった。そう考えると、日本という国はなんとうんこの少ない国であることか。僕が小学生の頃は道を歩いていて犬のうんこを踏むことも時々あったけど、今は犬のうんこさえもめったに見ない。

 もうすぐアンドラなのでフランスの金を使い切ろうとスーパーを探すがなかなか見つからない。小さな町でツーリストインフォメイションを見つけたのでそこで聞いてみる。ツーリストインフォメイションなのに英語が通じない。泣きたくなる。僕の知っている数少ない英単語「シューペルマルシェ」(スーパーマーケット)を駆使してなんとかとなり町にあるということを聞き出す。
 となり町で買い物をしたあと、うんこがしたくなったので便所はないかと聞いてみるとないという。そんなわけねーだろ! フランス人と会話するのはつかれるのでその場を立ち去る。運良く公衆便所発見。少しはフランス語の単語も覚えないといけないかな、とちょっとだけ思う。

 夕方、寝るところを探していると、使われなくなったロープウェイの駅を発見。こりゃいいと思いそこに侵入してショックをうける。ひさびさのうんこハウス(野グソだらけの家)だった。フランス人でもこんなところでうんこするのか。うんこハウスの本場イラン・パキスタンからはかなり離れたというのに、西ヨーロッパで再会するとは。なんかフランスに対する上品で知的な印象が、ここ数日でえらい勢いで崩れてしまった。
 しかし、なんで人は野グソするにしても建物の中を選ぶんだろうか。下がコンクリートだと、いつまでも自分のひりだしたうんこが残るというのに。それに、まわりがうんこだらけの臭い環境でよく用が足せるなぁとも思う。「他の人もここでうんこをした!」という安心感があるんだろうか。
 案外、この道を通るたびに毎回ここでうんこをしている人もいるのかもしれない。「よしよし、前回ひりだしたクソはだいぶ乾いてきたな」「おやおや、3ヶ月前のうんこが風化してきてしまったよ」「誰だ! オレのうんこを踏んだやつは!!」とか言ってるのかもしれない。
 しばらく進んだところに小さな村があり、驚いたことに線路が来ていた。そこの駅の隣に駐車場があったので、そこでテントを張ることにする。が、最終電車が行ったあと無人の待合所に行きその中で寝る。しっかりした建物で風も防げ、居心地がいい。

 

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