10/2

 のぼりが続く。途中で休憩しているとフランス人サイクリストが通りかかる。フランス訛の英語で話しかけてくる。フランス人とまともに会話するなんて意外だ。彼にこれまでの旅の話をするとたいそう驚いていた。同じサイクリストに驚かれるとちょっと気分がいい。そのへんの人に驚かれても「ほんとにわかってんのかコイツ」という気になるが。
標高2000メートルまで上ってアンドラ国境。イミグレはなんの問題もなく通過。というか、パスポートさえ見せなかったので、これでいいんだろうかという気になる。
 アンドラ側もなんの問題もなく通れる。心配なので、そのへんにいた警官に「イミグレは?」と聞いてみる。そばの警察署を指さすので行ってみたが、ここでもパスポートさえ見ずに「なんの問題もない、行ってよし」といわれる。
 アンドラはフランスとスペインにはさまれた、ピレネー山中にある小さな国。これといったものはないらしい。免税店で買い物をするための国と言ってた人がいた。

 峠のてっぺんで昼飯を食う。荒涼とした景色を眺めながら食うめしはうまい。

 旅行中の2人の婦人が来て話しかけ来る。めずらしいな、と思ったらドイツ人だった。「この国のひとはこうだ!」と決めつけるのはよくないが、やっぱドイツ人は旅人にたいしフレンドリーだなぁと思った。北ドイツの人は冷たいそうだが……。
 まぁ、考えてみれば小汚い身なりのあやしい東洋人に話しかけようとするのはけっこう勇気がいることなんだろう。フランス人からはほとんど無視されたが、たとえば日本で黒人サイクリストを見ても誰も話しかけようとしないようなものだろう。
 下りをびゅんびゅん進む。時速73.6キロでる。死ぬほど怖い。こけたらまず間違いなく死ぬだろう。
 あっと言う間にスペイン国境にたどり着く。驚いたことに、スペイン国境には税関の検査があった。こんなの西欧ではじめてだ。

 

10/3

 最初のうちは森がけっこうあったが、進むにつれ緑が減っていく。上り下りもけっこう多い。ハエもたくさんいて、休憩しようとすると群がってくる。こりゃたまらん。昼飯の時も、パンと桃缶の桃を急いで胃袋に詰め込んでさっさと出発。
 夕方、廃工場を発見。中に忍び込む。地下駐車場があったのでそこでねる。コンクリートに囲まれているというのは実に心が落ち着く。

 

10/4

 スーパーを探しながら進むがなかなか見つからない。数人の若者がいたので、だめでもともとと思い尋ねてみる。すると彼らはすごくフレンドリーで、どこからきたの?などと質問してくる。中の一人がMTBに乗っていて、「ついてこいよ!」と案内してくれる。

 相変わらずハエが多い。パキスタンのハエのように刺してこないからいいものの、鬱陶しくてたまらない。気が狂いそうになる。パキスタンではどう対処していたんだろうか。
 時速15キロ以上で走ればハエはついてこないので、もういいかと速度を緩めると、あっというまにハエまみれ。
 パキスタンで見た数百匹のハエにたかられて平然としていた男のことを思い出し、何事も平常心で耐えてみることにする。すると悟りがひらけたような感じであまり気にならなくなる。なにごとも気の持ちようか。
 村が現れたので噴水のところで休憩。スペインの村には中心部に噴水があるようだ。村ではハエは少なかったが、それでも常に10匹くらいがたかっている。ドイツで警官に突き飛ばされたり手錠をかけられたりしたときにできた傷口にハエが集まってくる。おぞましい。カサブタを剥がしてしまい血が滲んでいるが、数匹のハエが競って血を舐めようとしている。やっぱ血には栄養があるんだろうか。

 

10/5

 イランやパキスタン風の景色が続く。草がけっこう生えてるのであまり荒れ果てた印象はない。「ピレネーを越えるとそこはもうアフリカだ!」という言葉もうなずける。
 ガソリンスタンドでトイレを借りたが、そこの鏡で自分の姿を見て、あまりの小汚さに情けなくなってくる。シャツもズボンも黒ずみ穴だらけ。顔と手は日焼けで真っ黒になっている。中途半端なひげが(僕はヒゲが薄いが、それが1センチくらいの長さになっている)かなりみっともない。
 向かい風と上り下りとハエに悩まされる普通の一日だった。

 

10/6

 洋なしの畑があったので、一個盗み食いしたろか!と思いなっている実をもごうとする。するとそこに持ち主らしいじじい登場。ギエー怒られる!と思ったが、じじいはナイフで洋なしを切って食わせてくれた上、これ持ってけと数個くれた。

 夕方、道の脇でテントを張っているとみるみる空が曇りだし土砂降り。
 考えてみると、土砂降りの中でのテント泊ははじめてのような気がする。いつもは土砂降りの時は屋根のあるところで泊まっていた。
 テントのフライシートを打つ雨音を聴きながらの野宿も風情がある……なんて思うわけない。夜、ちゃんとした小屋を見つけそこに移動する……という夢を何度も見る。

 

10/7

 スペインではシエスタという恐るべき習慣がある。午前10時から午後4時くらいまでの間ほとんどの店が閉まってしまうのだ。サイクリストにこれはつらい。野宿地はだいたい町から離れている場所なので、午前10時以前と午後4時以降は町の近くにいないのだ。

 

10/8

 すごく平凡な一日だった。毎日こうだといいのに。

 

10/9

 アップダウンが延々と続く。とても天気がいい。
 会社に行ってたとき、便所で用を足しながら空を眺め「こんなに天気がいいのに、もう定年退職するまでこういう時間は自由にならないんだなぁ」と思い悲しくなったことがある。(もちろん休日に遊びに行くことはできたが)
 しかし今は視界の空が全部自分のものになったかのような自由を感じる。
 上り坂はきついし、腹は減ってるし、ハエが鬱陶しかったりするけど、幸せとはこういう瞬間のことを言うんだなぁと思う。

 

10/9

 アップダウンが延々と続く。とても天気がいい。
 会社に行ってたとき、便所で用を足しながら空を眺め「こんなに天気がいいのに、もう定年退職するまでこういう時間は自由にならないんだなぁ」と思い悲しくなったことがある。(もちろん休日に遊びに行くことはできたが)
 しかし今は視界の空が全部自分のものになったかのような自由を感じる。
 上り坂はきついし、腹は減ってるし、ハエが鬱陶しかったりするけど、幸せとはこういう瞬間のことを言うんだなぁと思う。

 

10/10

 ズボンがズタズタに破れたので捨てる。残っているのはウインドブレーカの下と、ケツにパッチをあてたすごく見苦しくなったズボンだけだ。リスボンまであと500キロほど。あんまりズボンがボロくなると飛行機に乗るときに恥ずかしい思いをしてしまう。
 まぁ、ウインドブレーカで飛行機に乗ること自体はずかしいけど。
 夜、作りかけの住宅地のようなところがあったので、そこに入り込んで寝ようとしたら怒られた。そばに公園があるからそこに行けという。
 公園はなかなかいいところで、大きなひさしのついた売店のようなところがあったのでそこで寝た。テントは撤収がめんどくさいので、屋根のあるところで寝られるのは助かる。

 

10/11

 出発しようとすると、公園の門が閉まっていてあせる。門の脇の土手になったところからなんとか脱出。
 ガソリンスタンドで水をもらい少し休憩していると、4人の女が乗ったオープンカーが入ってくる。ムチピチのTシャツを着ていたのでムホー!と思う。
 女達は僕を見つけると興味津々といった感じで話しかけてくる。
 ややっ! この人たち、若々しい格好してるけど、どーみても40過ぎだ!ちょっとガッカリ。しかし、日本だと都市を取った人は地味になるかケバくなるかのどちらかという感じだけど、こうやって若々しい格好をするというのは好感が持てる。健康そうな女性は化粧するより綺麗に見える。言葉は全然通じなかったが、陽気で愉快な姉さんたちだった。
 ガソリンスタンドを出てしばらく進んでいると、先ほどのオープンカーが抜いていく。車はいきなり止まり、「ハーイ」とまたもや話しかけてくる。「写真撮らせてー!」というので撮らせてやる。その後次々とチューをされる。ちょっと照れる。まぁ、悪い気はしないな。
 夕方、町はずれに廃屋があったのでそこで寝ようかと忍び込んでみる。
 うんこハウスだった! しかし、ここは犬用のうんこハウスっぽい。仕方ないのでほかの場所を探す。
 ちょっとした空き地があったのでそこにテントを張る。
 夜、音楽をガンガンかけた車がやってくる。チンピラどもにいたずらされたらやだな、と思いドキドキしていたが、車はすぐにどこかへ行ってくれた。
 しばらくするとまた車が着た。今度はクラクションを鳴らしたりしている。
 やばいな、と思いつつ無視する。その車もしばらくすると立ち去る。

 

BACK  NEXT