SFの元祖ともいえる古典小説です。
バクスターの「タイムシップ」を再読するために、前日譚となる本作も再読しました。
本作は短編集となっており、表題作は中篇で他に短編が六作収録されています。
主に「タイムマシン」の感想になります。
「タイムマシン」はかなり鬱々として重い物語です。
今読んでもさほど古臭さを感じないと思います。
暗黒スチームパンクですよ。
初読はずいぶん前です。
本作を読む前は「時間旅行を題材にした百年前の小説なんて、どうせ浅いタイムパラドックスを扱った不思議小説だろ!」みたいに舐めきってました。しかし読了後は「ごめん、ウェルズさんすごすぎです……」という感じでした。
SF界には「イギリスSF」というジャンルがあって、悲観的だったり批判的だったりひねくれてたりする作品が多く見受けられます。単にイギリス産というだけでなく、「あぁいかにもイギリスSFだなぁ」という作品傾向があるわけです。もちろん全部がそうと言うわけではないですが。誰にでもわかるように音楽に例えると「ジャーマンメタル」みたいな感じ。
イギリスSFの独特の雰囲気は、階級社会とかの影響があるのでしょうか。
本作「タイムマシン」は、まさにそんな世界観を元にして、暗黒の未来像を描いているのでした。
そして終盤に漂う虚無感は、日本SFとも通じるものがあります。
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時間旅行を題材にしているもののタイムパラドックスについてはほとんど触れられていません。
これは物足りない部分でもあるのですが、タイムパラドックスを扱う物語の大半はさほど考察をせずに平行世界を持ち出してごまかしたり矛盾点を残しまくって無理矢理終わるかなので、中途半端に扱うくらいならバッサリ切ってくれたほうがありがたいともいえます。
本作では未来への時間旅行を扱っています。
それも百年二百年ではなく、どーんと八十万年。
文明は衰退し人類も退化してしまった世界です。
この悲観的な世界像がたまらん……。
数十年数百年後の世界を描いたSFというのは、それこそ発表から二十年経てば古臭くなってしまいます。
しかし八十万年。生物が退化するに充分な時間です。
こうなると、1895年に書かれた作品でもリアリティが出てくるわけですよ。
そして最終的にはもっとすごい時代にまで行ってしまいます。
バクスターやイーガンのような「やりすぎSF」の原型はこの時点ですでに完成していた……。
二十世紀初頭といえば科学によってバラ色の未来がくると思われていただろうに、その時代にこの強烈な未来像を描くとはウェルズという男相当ひねくれていたのではないか。
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他の収録作品では、水晶の卵、深海にて、新加速材がよかったです。
水晶の卵と深海にては異文明とのファーストコンタクトものです。
とは言っても会話や交流までは行かず異文明を覗き見る程度になっています。しかしそこがまたリアリティを醸しだしている。
新加速剤は、飲むと数千倍の速度で動けるようになる薬を扱ったもので、能力バトル漫画の「時間を止める能力」を使ったときのような描写が延々と続く作品です。
すばやく動くと空気との摩擦で服に火がついてしまうというあたりが、ただの不思議小説とは違っておもしろい。
怪現象をなるべくリアルにシミュレートしようという心意気がSFっぽくてよいです。
まぁ、ものは普通に見えたり声も普通に伝わったりするんですが。
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表題作の「タイムマシン」は間違いなく傑作、SFの元祖にして頂点とも言える作品なので、SFに興味がある人は読んでおいて損はないですよ!
ほんと読む前には「陳腐で浅そうな古典だけど、一応チェックしておいてやるわ!」と完全に舐めきってました……。
これほどの傑作だったとは。