記憶を失った男が自分の過去を追うスリラー小説です。
クライムノベル風でもあります。
主人公は、素っ裸に靴だけをはいた姿で路上に倒れているところを発見されます。咽を斬られていましたがなんとか一命を取りとめます。
章が変わると、今度は素っ裸に靴だけをはいた男が咽を斬られて死んでいるのが発見されます。
この二人の関係と主人公の過去を軸として物語が進んでいきます。
設定は非常に魅力的です。表紙裏のあらすじや巻末の解説も期待を煽ります。しかし……。
発表当初は技巧的ですごかったのかもしれませんが、仕掛けに凝った小説が氾濫している今読むと衝撃が薄いです。
ラストにビックリポイントがあるものの「ふーん、そうだったんだ」くらいにしか感じませんでした。
話自体は悪くないと思うけど、表紙裏のあらすじに惹かれて過度な期待を持って読むとガッカリすると思います。
古典的な作品でも「幻の女」などはラストで驚けました。違いを考えてみると、「消された時間」は小説としての盛り上がりに欠けていて、主人公に感情移入しにくいのが原因のような気がします。善人とはいえない男なので、主人公と共にハラハラドキドキしにくいのです。読者には主人公の考えが読めず、行動を淡々と追うような展開になっています。
訳者にも問題があるかも知れません。非常に読みにくいです。
古い翻訳スリラー小説に特有の暗く緊迫感に満ちた雰囲気は堪能できるので、そういうのが好きな方はどうぞ。
2010 年 4 月 29 日
ビル・S・バリンジャー「消された時間」
2010 年 4 月 27 日
乾くるみ「リピート」
毎回凝った設定や仕掛けで驚かせてくれる作者の、時間ループを扱った作品です。
ケン・グリムウッドの「リプレイ」が元ネタとなっています。作中でも言及されています。
この物語での時間ループは「現在の記憶を持ったまま10ヶ月前の自分に戻れる」というものです。過去への出発の日時と到着の日時は決まっています。
日時が決まっている上に巻き戻しの期間は十ヶ月とそれほど長くないので、戻った後の自由度もある程度限られるところがポイントの一つです。ギャンブルで大儲けという定番の願望はかなえられるものの、社会人ともなると十ヶ月程度の巻き戻しでは人生にさほど影響がないわけです。
主人公は謎の男に「十人の参加者と共に十ヶ月過去に戻れるツアー」への参加を打診されます。相当胡散臭い話ですが、男が地震の予言を的中させたことから半信半疑となり、好奇心も手伝ってツアー参加を申し出ます。
「リピート」の開始は二ヶ月ほど後となるため、話の三分の一くらいはリピートの日を待つ主人公の生活の様子が描かれます。
これといった事件は起きないものの作者の筆力のおかげか退屈せずに読めます。
中盤でようやく過去に戻ることができます。とはいえ十ヶ月戻るだけなのでさほど大きな変化もありません。
他の参加者と交流したり日々のこまごまとした部分で未来の知識を役立てたりと、主人公は地味にリピート生活を送っていきます。
しかし参加者が一人また一人と死んでいきます。最初のうちこそ不幸な事故に見えましたが、三人四人と死者が出るにつれ何者かがリピーターたちを狙っているに違いないと思うようになります。
でもリピーターの存在をしるのはリピーターだけです。なら誰が犯人なのか……。
さらに、未来の記憶を使ったことにより予想外の事件に巻き込まれてしまいリピート後の生活は徐々に混乱していきます。
という内容です。
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連続殺人の真相は、なるほど!と思わせるものでした。設定をうまく利用しています。
でもこの小説の魅力はトリッキーな設定だけでなく、主人公の日常生活にもあります。
主人公はうまく立ち回ったつもりになのに厳しい状況に陥ったりするのもおもしろいです。
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今回は再読でした。実を言うと最初に読んだときは、楽しめたものの少しモヤモヤが残りました。
僕はもともとSFファンだったので、リピート現象について「ここをもっと説明してくれよ!」とか「あれがネタの核心になるんじゃなかったのか?」と思ったりしました。面白いんだけど自分の想定とは全然違う方向に進んでしまい、普段トリックとか展開とかを考えながら読む僕はスッキリできなかったのです。
再読では話の方向性がわかっていたので余計なことを考えずに楽しめました。
2010 年 4 月 26 日
若竹七海「船上にて」
短編集です。
多くの話で殺人事件を扱っていますが、探偵が出てきて「犯人はオマエだ!」とやるタイプではなく、「日常の謎」に近い雰囲気です。
読後感の良くない結末が多いです。いかにも女性作家的なジワ?っとくるバッドエンドです。コミカルな雰囲気の話でもほんのりと嫌な結末になったりします。
叙述トリックを用いた話や、数通の手紙から事件を推理する凝った構成の話もあります。
タイトルにもなっている「船上にて」は他の話とは雰囲気が違っていて、長編にしてもよさそうな話でした。
時代設定は1920年代で豪華客船を舞台にしたものです。事件自体はわりとしょーもない感じなのですが、旅先で仲良くなった老紳士との交流が話の軸となっています。
主人公が老紳士と仲良くなる話というのは自然と引きこまれてしまうものなのですよ! 僕の中では「老紳士もの」というジャンルです。「いい人小説」の一種です。主人公が平凡かついい人と出会う話は、感情移入度が増すのです。
話や仕掛けの傾向がさまざまなので、薄めの本ながら充分楽しめる一冊でした。