2面ボスが動くようになった。
苦労したわりには地味だけど、前からやりたかった動作を仕込めたので満足だ。
どうやって弾を撃たせようかな。
レトロゲームの思い出のページがあるとついつい全部読んでしまう。
こんなの読んでなにが面白いのかなあと思ったりするけど、読み始めると止まらない。たぶん、記事自体の面白さよりも自分の思い出が刺激されるのが心地よいんだろう。
自分と同じ感想が出てきたりすると「うんうん、そうそう」と思い、違う感想が出てくると「カーッ! コイツなんもわかちゃいねぇ!!」と思いつつ、当時よりは大人になったオレは、その人がそう考える気持ちもわかったりする。
その一方、過去を神格化しすぎてる人もいて、その人にとっての神ゲームにちょっとでもケチをつけられると「これだからゆとり世代は……」と言い出したりしておもしろい。このオレ坂葉晴雄は、こういう世代のことを「ゆとりナシ世代」と名づける。(ナムコファン率90%) いつもぎりぎり崖っぷちにいる世代である。すぐ後ろは奈落なので、自分の聖域に一歩でも足を踏み入れられたら激しく攻撃せねばいられないのだ。
そしてMSX関連のサイトを巡ったりもする。
僕の中で、MSXは一世を風靡した8ビット最人気パソコンなのだが、今ネットを回ってみるとかなり失敗気味のパソコンだったようだ。これは意外だ。
小中学生時代の僕のまわりでは、ファミコンに次ぐ所有率だったというのに。クラスに十人くらいMSXユーザーがいた気がする。
中学も2年3年になるとPC88ユーザーがぽつぽつと現れだしたが、X1とかFM77ユーザーは皆無だった。
当時パソコンといえば88が王者だったのdえ、僕も88が欲しくてたまらなかった。しかし、当時のパソコンは20万円近かったのだ。
中学生には到底買えない。うちはかなり貧乏(おそらくクラスの中でも下から数えて五指に入るくらい)だったので、親にねだるというのも問題外だった。近頃の少年たちはお年玉が10万20万という噂も聞くが、僕の世代だと五万がいいところだったろう。ちなみに僕は1万円ないくらいだった。
小遣いが月2500円だったので財政的に厳しく、新しいパソコンがほしい僕は新聞配達をした。これがものすごく性に合っていて、たいした苦労もせず月に二万くらいもらえて月々の生活は楽だった。が、ゲーセンに行くようになったので貯金はたまらなかった。結局買ったのはMSX2、松下のA1Fだ。確か54800円だった。
そして高校でも新聞配達を続け、工場でのアルバイトもしたおかげで、僕は夢のパソコンX68000を手に入れることになるのだった。28万円。よくもこんな買い物をしたものだ。しかしX68000は発売当初40万円近くしていた。今からするとおそろしい時代である。
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2006 年 11 月 27 日
昔のパソコンの話
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