今回はGalshell以前に作ったゲームについて書いてみましょう。
と思って書きはじめたのですが、あのゲームを語ることは僕にとってX68kの終焉を語ることでもあるので、3回にわけて話していくことにします。68の終焉とは大げさなと思う方もいよう。たしかに大げさだが、それほど思い出深い作品だということである。
はっきり言って読んでもおもしろいものじゃない……というかほとんどの人は「なんでこいつはこんなどうでもいいことを長々と垂れ流してるんだ」と思うでしょうが、僕が68からwinに移行して10年たったということもあり、気持ちの整理のためにも書いておくべきだと思うのです!
かつてX68KでGalshellの原型的作品を作りました。98年ごろのことです。これははっきりいって黒歴史にしたいところです。どういうゲームかというと、いろいろと痛い部分があって人様にはお見せできません。というか68のゲームだから見せたくても見せられない。しかしこの世に存在したということさえも知られずに消えるというのは、なんか悲しいことだと思うのである。
ストーリーは、ある日怪生物が地球を侵略し、機械やら生物やらにとりついて襲ってくるもんだから、もうえらいことになってしまい、地球防衛軍は敵殲滅のためにあちこちに原爆を落としまくって地球は荒廃し、気象は狂って氷河期みたいになり、でもそのおかげで怪生物が動物にとりつけないのでひとまず持ちこたえ、ここは一発衛星軌道上にある敵の拠点を攻めてやろうか、という感じです。
かっこいい新型機を送り込んで一気に壊滅してやろうと計画したものの、新型機は戦果をあげるどころか一機も戻ってきません。そこで、一世代前の機体である主人公が送り込まれることになるのです。新型機がだめなのになぜ旧型機を使うんだよと思う方もいよう。それはほら、攻撃用の火器を減らして機動性をあげるとか、なるべく戦闘をさけるようコソコソ行くとか、いろいろあるんですよ。
主人公はなんかの犯罪者で、体にパイプとかつけられて戦闘機のCPUにさせられています。このあたりまさにGalshell。ちなみにこういう設定はゲーム中にはまったく出てきません。すなわち脳内設定。
自機の装備としてオプション兵器があり、これは怪生物の本体(動物とかにとりつくやつ)をつかまえて拷問とか脳改造で奴隷にしたものです。もういかにもって感じです。
最初はR-TYPEのパロディ的なものとして作っていたので、このオプションは自機の前部にくっついたり離脱できたりとフォースっぽい動作をします。仮タイトルはX-TYPEでした。
しかしこのオプション、レーザーは出ず弾も消せない。なぜレーザーが出ないかというと、処理軽減のため自機弾のような重いオブジェクトはあまり出したくないからなのだった。自機弾はすべての敵キャラと当たり判定を行うため処理としてはかなり重いのです。特に当時のパソコンにとっては重労働でした。
そのかわりフォース離脱が波動砲のような扱いになっていて、ボタン2を押すとドビューと画面端まで飛んでいきます。かなり破壊力がある。戻ってくるまで少し時間がかかるので、まさに波動砲的使用法になります。
このゲームのwin版を作ろうと考えたこともありました。その際はオプションで敵弾を消せるようにして、消した敵弾で経験値が溜まりオプションがレベルアップしていくようにしようと思いました。(オプションが成長するのはSRDの真似) 自機はパワーアップせず、仲間を育てるところがおもしろい。
しかしまとめて弾消しできるうえにレベルアップなんかしたらゲームバランスの調整が大変だと思って没にしました。今ならいろいろとアイデアはあるのですが、最初に思いついたときの僕はけつの青い若造だったので「こんなシステムではまともなゲームになるまい」と思ってしまったのです。
ところがBLUE&WHITEのテイルズギアで「敵弾を消してパワーアップ」というシステムを見事に実現していました。正直言ってかなりくやしい。特にくやしいところは、僕の考えていたものよりもよくできていたところです。
68のゲームの話に戻ります。このオプションは敵方の怪生物なのでグロいデザインにしたかったんですが、当時の僕は「知人と一緒にゲームを作る」というのに憧れていたので、かわいい妖精の姿という設定にしました。当時の知人にかわいい絵を描く人がいたので、その人に描いてもらうことにしたのです。実際ローディング画面の絵はできてたような。あと一面の背景の絵も、ものすごいCGの達人に描いてもらいました。しかしいろいろあって結局全部ひとりで作ってしまいました。「いろいろあって」の部分が気になる人もいよう。実はオレもそのひとりだ。しかし、なにがあったのかはとんと思い出せない。察するに、68の衰退期(というか終末期)だったので連絡が取れなくなったのではあるまいか。一面の背景も、連絡が取れなくなってしまったので勝手に使うのはまずいかなと思い、真似をして自分で描きました。かなりしょぼくなりました。
ちなみに背景を描いてくれた人は、後にコナミに入社しそこでもいろいろと背景を描いたそうです。メカがとてもうまい人だったんだけど。
敵弾は画面内64発まで出すことができ、これは当時のゲームとしては多いほうでしょう。(もっとも爆裂矩形弾という桁違いの大量弾ゲームがありましたが) オプションにレーザーを撃たせなかったのも、少しでも処理を軽くし敵弾を多く出したかったためです。弾が多いほど偉いというわけではないですが、当時のX68000・10Mhzで64発はなかなか大変なことでした。だから「なんかすごい!」感をかもしだせるわけです。
といっても僕のプログラム技術がすごいわけではなく、スプライト高速表示の外部関数を作ってくれた人がすごかったのです。
スプライトの定義量、表示量、プログラムの技術などによりボスのサイズこそ小さいものの、攻撃はけっこうがんばって作りました。Galshellより凝ってる。攻撃パターンが何種類もあり、途中で変身したりもする。(まぁ言うほどたいしたものじゃないが)
当時のX68Kときたらコンパイルに30分40分とかかっていたので「パラメータをちょっと変更して試す」ということが簡単にはできませんでした。ボスの複雑な攻撃を作りバランス調整をするのはかなりたいへんなのです。超連射などと比べれば鼻くそのようなボスなんですが、今思えば当時の自分がよくあそこまで作ったもんだと思います。
使用した言語はX-BASICという特殊なBASICでした。これはCの機能制限版といった感じのもので、ソースをCにコンバートしてコンパイルしていました。前述のようにコンパイルに40分かかったりするシロモノでした。しかも40分かけたあげくエラーだったり……。さらにメモリ不足でコンパイルできないということもありました。最適化の際に大量のメモリを使うんだったかな……。複雑な処理をしているところは複数の関数にわけたりしてたような気がします。
また当時は開発環境を整えたりノウハウを得たりするのも大変でした。なんというか達人と凡人の間には大きな壁があって、特にプログラム関係はできる人とできない人の差がとてつもなく大きかったです。できない人はまずどこから手をつければいいのかさえわからない。とっかかり部分を知ることさえできなかったのです。あのころはほんと人脈が大事でした。ノウハウを教えてもらうというのもありますが、「こういう便利なものがある」「こんな本がある」というのも人脈がなければ知ることができなかったのです。これがないと高価なパソコンも「ゲームができる箱」でしかないという状況でした。(多くの人がそれで満足していたという事実もある)
つづく
参考になったらクリック!!
2008 年 4 月 13 日
Galshell以前
コメントはまだありません »
No comments yet.
RSS feed for comments on this post. TrackBack URL