今年に入ってヴォクトが僕の中で流行っていて、いろいろ読み返しています。
今回紹介するのは1953年発表の「宇宙製造者」。
ものすごいタイトルのSF作品です。
あらすじだけを書き出すと「これぞワイドスクリーンバロック!」という感じなんですが、あちこちで論理が破綻しまくっていてわけのわからないガラクタみたいになっています。
ジャンルとしては、タイムパラドックスものでしょうか。
しかしタイムパラドックスに関してはまともな考察が行われておらず、実際の読後感は未来世界の冒険活劇といった感じです。
奇怪なアイデアを次々に投入し「わけがわからないけどすごい!」というところがこの作家の魅力ではあるものの、本作ではわけがわからなすぎてちょっと擁護できません。
彼がはまっていた怪しげな精神療法の悪影響が露骨に表れているような感じです。本書執筆時には、ダイアネティクス(今のサイエントロジー)に熱中していたのです……。
もう少し正気を保っていてくれたら傑作になっていたであろう、惜しい作品でした。
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行きずりの女を交通事故で死なせてしまった男が、なぜか未来に連れ去られ、被害者の子孫の心理療法のために死刑宣告を受けるというのが物語の発端です。この時点でわけがわからない。
未来世界では、フローターという浮遊船に乗りつつ時々地上に降りて食料を採集する「自然愛好家」、都市に住む「都市生活者」、そしてすごい科学技術で世界を支配する「影」の三陣営に分かれ、それぞれの主義や思惑によって敵対したり協力したりしています。
主人公は「影」の陣営によって未来世界に連れ去られましたが、「都市生活者」の協力でなんとか逃げ出します。
その後「自然愛好家」の捕虜になったり、都市生活者の元に戻り反乱の指揮を取ったり、さらには超未来に連れ去られたりと、大冒険を繰り広げます。
終盤ではいろいろととんでもないことになり、わけがわからないまま壮大な結末を迎えます。
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個々のアイデアは大変おもしろく、ひとつひとつのアイデアを練りこむだけで傑作が三冊は書けるんじゃないかという内容でした。
しかしその素晴らしいアイデアは、次々と垂れ流されるだけ……。たまに後の章で伏線回収が行われて「おっ?」と思うものの、全体としてみると「なんなのこれは……」という話になっています。
作者は主人公の活躍にしか興味がなく、世界の整合性はどうでもいいと思ってるフシがある。(この人の他の作品もそうですが)
これをちゃんとした作家が書くと「虎よ虎よ」みたいな傑作が生まれるんだろうな……。本作にも「虎よ虎よ」の元ネタっぽい箇所が見受けられます。
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ヴォクトは夢から着想を得て執筆することも多いらしく、本書の読後感はまさに夢を繋ぎ合わせたものという感じです。
主人公が天啓を受け幻視する場面が何箇所かあり、このあたりは夢というより怪しげな薬物の影響ではないかと邪推してしまう……。
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翻訳者の矢野徹による解説も、ヴォクトの疑似科学・新興宗教志向を嘆くばかりで、全然作品の解説になってないのが泣けます。
ほんと僕も泣きたいです。
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傑作になる素質をたっぷり抱え込んだ壮大なゴミの山、とでも言うべき作品でした。