Charles L Harness [ The Paradox Men ]
1953年に刊行された「Flight into Yesterday」の加筆・改題版です。
元祖ワイドスクリーンバロックです。
一部のSFファンには伝説的な作品ですが、邦訳はされていません。
あまりにも読みたかったので、原書を購入して読んでしまいました。
一文ずつきっちり翻訳しテキストファイルに書きながら読み進めたので、僕はいつでも日本語版を再読できるぜ……フフフ……。
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名ばかりが有名な古い作品というのは、読んで見たら割と期待はずれだったということも多いです。いや期待はずれというよりも、影響を受けた後発作品を先に読んでしまうと衝撃が薄くなってしまうという感じでしょうか。
しかし本作は評判どおりの傑作で楽しめました。
ヴォクトやベスター(虎よ虎よ)の大ファンなら、原書をちまちま翻訳しながら読んでも後悔することはないでしょう。
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世界は「帝国」と「東部連盟」に二分され、アメリカ・ロシアの冷戦時代のような様相を示しています。
帝国では奴隷制が復活し、貴族的な社会になっています。そんな帝国の圧制に対抗するため「盗賊協会」という謎の組織が現れ、金持ちを襲って金品を奪ったり奴隷を解放したりと抵抗活動を行うようになります。
盗賊協会が開発した「シーフアーマー」は高速の物体(銃弾)を弾き返す能力を持っているため、警察は銃と共に剣を携行しています。また「決闘」の制度も復活し、剣術の重要性が増した社会になっています。
こんな世界で、記憶喪失の男「エイラー」が、帝国に追われたり盗賊協会に処刑されそうになったりしながらも、時空の秘密を解き明かし最終的にはすごいことになってしまうという物語です。
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大量のアイデアが投入され、それがちゃんと伏線になってたりするのが見事です。(もちろん投げっぱなしのアイデアも多々ある)
このあたりは邦訳のある「ウルフヘッド」と似たような感じです。しかしウルフヘッドよりも詰め込まれたアイデアの量がはるかに多い。
本作の作風を一言で言うなら、「整合性のあるヴォクト」といった感じでしょうか。ヴォクトの作品はわけがわからない部分が多く、読み終わっても大半がわけのわからないままだったりしますが、本作は一つ一つのプロットがじっくり吟味され着地するべきところにしっかり着地しています。
ちなみにハーネス本人もヴォクトの影響が大きいと発言しているそうです。
アイデアの一つ一つに科学的な解説がつけられています。厳密に科学的なわけではなくハッタリ感がかなり強いものの、アイデアの根拠を科学の言葉を使って説明しています。これはSFとしては大事な点ではないでしょうか。
これらの薀蓄は、物理学、相対性理論、心理学、文化人類学、視覚プロセス、文明論など様々なジャンルに渡り、それがちゃんと物語と繋がってたりします。
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とはいえ、長編一冊に詰め込むにはアイデアの量が多すぎると感じる部分もありました。
それひとつで長編一本かけるだろ……というネタが、ちょっとした説明のためだけに使い捨てられていたりします。
特に、本作の象徴とでも言うべき宇宙モデルが、「この説明無くても話は成り立つんじゃないの?」という印象なのは惜しい。わざわざ凝った設定を作らなくても、相対性理論をこねくり回すだけで普通に説明できそうなのです。
この宇宙モデルを使えば、別のすごい話を作れそうでした。
また主人公の四次元体についても、もうちょっと踏み込んだ扱い方をしてほしかったです。あのシーンはかなり衝撃的で想像力をかきたてられるのに、時間移動の説明(映像化)としてしか使われていないのは勿体なさ過ぎる……。
昨今の大長編とは違い尺がそれほど長くないので「仕組みと結論は用意したから、間の出来事は想像力で補完してね」という部分も多いです。というか終盤は大半がこれ……。
僕は想像力で補完するよりも無粋に全部説明してもらったほうが安心できるタイプなのでした。
せめて前編後編の二冊構成にしてほしかったなぁ。
しかしこの内容を無理矢理一冊に詰め込むからこそ、ワイドスクリーンバロックなのだろう。
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本作を読む場合は、「The Paradox Men」「Ring of Ritornel」「Firebird」「Drunkard’s Endgame」の四作をまとめた「Rings」というすごい作品集が出ているので、これを買うといいでしょう。
「The Paradox Men」にはいくつかのバージョンがあるそうで、Rings収録のものは最終版になっています。(旧版は内容も若干違っているようです)
日本からamazon経由で新品を買うと五千円ちょっとです。現地では25$らしいぞ……。(今見たら2700円になっていた……)
ただ、正直言うとハードカバー600ページ(4.5cmほど)は分厚いので、ペーパーバッグ版のほうが読みやすいと思います。Ringsにはイラストも入っていません。
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英語の本を読むなんて無理!という方もいるかもしれません。
しかし、地元でもっともレベルの低い高校(バカ養成所と言わねばなるまい)に通っていた中学レベルの英語力の僕でも読めたのだから、大半の人はなんとかなると思います。
本作は展開が速く一ページごとに確実に物語が進んでいくので、洋書初挑戦にも向いてるかも。
一方、一ページずつゆっくりと訳しながら読んでいくと物語について考察する時間も長くなるため、ネタがわかってしまう部分もけっこうありました。このあたりは、一気に読むほうがびっくりできて楽しめただろうなと思います。
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本作についてはこちらのサイトに詳細なあらすじがあります。
http://www.geocities.jp/ritornel_68/theme/widescreen.htm
管理人氏はあらすじを知ったところでも面白さは削がれないと言っていますが、それはやっぱり読み終えた人の言う言葉なので、本当に物語を楽しみたい人は最初の二段落程度で我慢しておくことをおすすめします。
伏線が大量に仕込まれてるタイプの作品なので、一度読み終えた人が「再読三読したほうが楽しめる」と言いたくなる気持ちはよくわかります。それでもやっぱり初読の衝撃は大切にしたい! 初読の感動があってこその再読なのです。
あとこちらのサイトだと帝国の予言者が「マイクロフィルム・マインド」となっていますが、Rings版だと「メガネット・マインド」でした。
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本作が訳されていないというのは、日本のSF界におけるけっこうな損失だなぁと思います。
SFオールタイムベストで「虎よ虎よ」の名が常に挙がり、ヴォクトの微妙な出来の作品もちょくちょく再販されるくらいなんだから、本書も刊行すればそこそこ売れるのではないだろうか。
日本における実績がないので、作家名で売れないということなのかな……。
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ハーネスの作品では「現実創造」がとんでもない大傑作なので、とりあえず邦訳のあるこっちを読んでみるのもいいかもしれません。
僕の中では、イーガンの「ワンの絨毯」に並ぶSF中篇の頂点です。
「かつては円周率が3だった」あたりのロジックは心が震えまくる。
こちらの短編集に掲載されているそうです。
新訳版となっています。旧版には致命的な誤訳があるらしいですよ。
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文句なくおすすめの一作です。
ワイドスクリーンバロックを語るには外せない作品ですよ!
みんなも読もう。