H.G.ウェルズ「タイムマシン」の公式続編という触れ込みで登場したハードSFです。
※誤解してる人が多いので一応書いておくと、「ハードSF」というのは重厚な設定のSFとかミリタリー感のあるSFという意味ではなく、現実の科学をベースにした(重視した)SFのことです。
例えば、軌道エレベータの出てくる作品は普通のSFで、軌道エレベータを作る作品はハードSFという感じ。
バクスターの世界観とタイムマシンの世界観はまさにぴったりという感じなので、これは期待の持てる作品です。
もともとバクスターはものすごいウェルズファンだそうで、彼の作風と合うのは当然ともいえる。
主人公はタイムマシンに出てきた「時間旅行者」で、物語はタイムマシンのラストからそのまま続きます。
バクスターの作品というと、特異な世界設定に難解な物理学用語が乱舞し、何千年何万年が一ページで過ぎ去ったりと全く初心者向けではないんですが、本作はハードSF的な難解さは控えめで、わりと普通の冒険小説っぽく読めます。
バクスター入門用に最適ではないでしょうか。
まぁ終盤は例によってめちゃくちゃになるんですが。
「タイムマシン」での主人公の相棒はエロイ族のかわいらしい(?)少女でした。しかし本作では不気味でキモいモーロック人です。
さすがバクスター……。
相棒はキモい地底人ではあるものの、非人間的な知的生物とのコンビものが好きな人は楽しめると思います。
漫画「寄生獣」みたいな関係といいましょうか。
わざとらしく「異種族との友情!」みたいにならないところがいい。
相棒はあくまでも非人間的なんですが、知識とか生存の関わる問題では素直に主人公を助けてくれます。
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本作は大きく分けて
・モーロック篇
・第二次大戦篇
・暁新世篇
・超未来篇
となっています。
SF的にはモーロック篇が飛びぬけておもしろいのではないでしょうか。
いきなりダイソン球とか出てきて、SFマニアなら興奮のあまりいろんな体液がダラダラ流れること必至ですよ。
しかし正直言うと、ここが強烈過ぎて、残りが蛇足的に感じるような気も。
あと最初から大技を出しすぎてウェルズの「タイムマシン」から入った一般読者にはつらいかもしれません。
SFを読み始めたばかりの人もついてこれないかも……。
第二次大戦篇は戦時下のイギリスを右往左往する、アクション要素高めの展開になっています。
ゲーデルとか出てきてわくわくするんですが、もうちょい活躍させてほしかったです。
この時代の物理学者をバンバン出して対話させてほしかった。
暁新世(恐竜が絶滅し哺乳類の時代が始まったころ)篇は、6000万年ほど前の時代でサバイバルする展開です。
僕はこういうのがものすごく好きです。古代世界でのサバイバルとか原人の生活描写はとんでもなくわくわくする……。
ただ、バクスターは古生物関係にはあまり興味ないのか、その手の薀蓄が少なくて少々残念でした。
超未来篇はまさにバクスターといった感じのすごい展開になります。
しかし正直言うと、超科学が出てきてしまうとSFというよりファンタジーになってしまうので、僕はあまり好きではないのだった。
やはり、宇宙の驚異を目撃するには一般的な人間としての視点(肉体・精神)が重要だと思うのですよ。
こういった点ではポールアンダースン「タウゼロ」はほんと名作でした。
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バクスターの作品で特徴的なのは、「知性体の存在目的は、情報を収集し分析分類して保存すること」という考えが目立つところだと思います。
僕も昔から似たようなことを考えていたためか、彼の作品はすごく肌に合います。
歴史を編纂したり日記残したりするのは、まさに生物の本能だと思うわけです。
観光地でモニュメントに名前掘り込むいたずらが後を絶たないのも、情報記録欲求のなせる業ではあるまいか。
自分に関する情報を永続させたいからこうするのです。
生物の進化からして、生存に有利になるよう核に情報を溜め込むことが元になっているわけです。人間に情報収集癖が備わってるのも無理はない。
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本作はある程度SFのお約束知識を必要とするものの、作者の他作品よりははるかに読みやすくなっています。
入門用ハードSFとしても適しているのではないでしょうか。
初っ端のモーロック篇がけっこうハードですが、そこを越えれば奇妙な相棒との冒険アクション小説になります。
おすすめの一作です。
そして本作を楽しんだ後は、人類史に残すべき傑作SF「時間的無限大」も読んでみると良さそうですよ!