ヴァン・ヴォクトの代表作です。
最初本書のタイトルを見たときは、牧歌的な宇宙冒険ものを想像しました。しかし実際は、ドロドロとした権力抗争や血なまぐさい殺戮シーンのある物語なのでした。
4つの話からなる連作短編集です。
軍人200人、科学者800人からなる大規模な宇宙探査隊が、旅の途中に異星生物から攻撃を受け、それを主人公の卓越した頭脳で撃退するという形で話が進んでいきます。
ヴォクトの著作の中ではかなり綺麗にまとまっており、スランと並ぶ初心者向け作品となっています。
今読むと相当古臭くはあるものの、古いだけに突拍子もないアイデアが出てきたりします。
さまざまな作品に影響を与えたSFの古典でもあるので、SF入門者にはぜひ早めに手にとっていただきたい作品です。
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主人公たちは球形の巨大宇宙船で旅をしています。旅の目的については明確な記述がない……。
異星文明や知的生命体を見つけても無視して進んでしまうあたり、かなり謎の多い探査隊ですよ。
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ファイナルファンタジーやダーティペアでお馴染みの猫型モンスター「クァール」は、本作に出てくる怪物が元ネタです。名前も能力も容姿もそのまんま。
他にもエイリアンの元ネタといわれる「イクストル」も登場します。ヴォクトが訴えて勝ったらしい。
世間ではクァールのほうが人気ですが、僕は断然イクストル派ですよ。設定が無茶すぎるところもいい。
クァール、イクストルともに、種族が絶滅状態で自分も死に瀕しており、生き延びるための決死の戦いを挑んできます。
怪物視点で書かれる章も多く、ただのモンスターパニックで終わらず孤独感や寂寥感のある物語になっています。
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派手な戦闘シーンもありますが、一応は知略バトルものとなっています。
主人公は、科学の様々な分野を網羅する「情報総合学」の実践者です。いわゆる「ジェネラリスト」というやつです。
この「情報総合学」は、学問のジャンルというより思想集団として描かれています。
「ジェネラリストはすごい!えらい! 万能!」みたいな印象があるものの、現実的にはどうがんばっても「広く浅い」タイプになってしまうわけです。
しかし本作の情報総合学では催眠学習等を利用して情報を詰め込むため、実践者は「広く深い」人間になります。主人公は様々なジャンルでその道の権威並の知識を持っています。
いかにもヴォクト的な超人設定ですよ。
そして催眠術や自己暗示の使い手です。それありなの?みたいなことまでしてしまう……。もはや超能力レベル。
ビーグル号に乗ってるのは優秀な科学者たちですが、皆それぞれの専門に特化したスペシャリストであるため、個々の見解は鋭いものの最良の解決策は出てきません。
そこに主人公が現れ、ホームズの推理のように華麗に結論を出すわけです。後から来ておいしいとこ取りですよ……。
とはいえ、情報総合学は新参の分野で、主人公は胡散臭い若造みたいに思われています。発言権もなく、船内の権力争いの影響もあって、まともに取り合ってもらえません。
そのためビーグル号一行は毎回大ピンチに陥ってしまうのでした。
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科学者たちが意見を戦わせて敵について考察していくというのはおもしろい構成です。
星を継ぐものやタウ・ゼロのようなワクワク感があります。
しかし残念なことにヴォクトにはちゃんとした科学の知識はない……。それっぽい単語とこじつけ理論と無茶な疑似科学がほとんどなので、ロジックの面白さはあまりないのでした。
物語的にはすごくおもしろいので、「主人公すげぇ! 情報総合学最強!」みたいなノリで読むとよいでしょう。
入門者に読んでほしいというのはこれも大きい。理屈っぽくなってから読むとおもしろさが半減してしまう。
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あと、やはりヴォクトの経歴を知ってから読むと、疑似科学とか自己啓発趣味が垣間見えて複雑な気分になります。
情報総合学なんて、自己啓発系疑似科学集団そのものですよ……。
主人公の終盤の行動などは、「無知蒙昧な大衆を我らの素晴らしい思想で導いてやろう、そのためには強引な手もやむなし」という考えが透けて見えます。
ダークヒーロー的ともいえる行動だけど、本作の主人公は善意でやってるところがおそろしい……。
しかしまぁ、長い間読み継がれている名作にはかわりありません。
ヴォクトの奇想を破綻しない形で楽しめる稀有な作品でもあります。
「SFおもしろそう! 海外SFの古典に興味ある!」という人には、ぜひとも手にとっていただきたい一作です。
個人的にはスランよりもおすすめ。