重力定数十億倍の宇宙での冒険物語です。
もうこの一文だけで読みたくなった人もいるのではないでしょうか!? 僕は一発でやられましたよ。
しかも閉塞した社会での暗黒ジュブナイル小説といった雰囲気です。
僕好みすぎて困る。
関係ないけど、今回から本文中にいくつか見出しをつけてみた。
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重力定数が十億倍!
重力定数が十億倍というのは重力が十億倍なのではなく、重力の働きが十億倍ということです。
その世界では何がどうなるかというと、人間サイズの物体同士でもはっきりとわかるくらいに重力が作用します。つまりそばに寄ると引き合う。
重力というのは本来とてつもなく弱いもので、超重い物体相手でないと人間は効果を感じられません。このため、地球上では地球の重力しか感じないわけです。月のサイズ(重さ)があっても、38万キロ離れたら感じられないんだよ……。
しかし重力定数が大きくなることで、日常生活でも磁力のように効果を感じられるようになります。重力も磁力も逆二乗の法則で力が伝わるので、ある程度近付くと急に効果が大きくなるわけですね。
また、重力定数が大きいと星のサイズも小さくなり、寿命が短くなるとのことです。
恒星のサイズが直径数km、星雲も直径8000kmほどで、ミニチュア宇宙といった感じです。
本作の宇宙では星雲に大気があるため、体ひとつで宇宙遊泳できてしまいます。
地球の直径が12000kmほどなので、大気有りの直径8000kmの星雲というのも不自然ではない気もするぞ……。
地球より小さい球状の大気内に、直径数キロのミニ恒星が多数浮かんでいるというわけです。
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圧倒的絶望に対し、生身の人間が知恵を武器に戦う!
主人公は燃え尽きた星から鉱石を掘り出す仕事をしています。星の直径は数十メートルで中はスカスカの空洞、表面重力が5Gとなっています。
労働者階級の人々はその星を取り巻くように直径800mのベルト状居住施設を作り、低重力環境で暮らしています。
ベルトとは別に「ラフト(筏)」という人口建造物もあり、こちらはホワイトカラーの居住・生産施設となっています。
ベルトは採掘した鉱石をラフトに輸出し、それと引き換えに生活必需品を輸入しています。
世界の成り立ちに疑問を持った主人公は、過酷なベルトから逃げ出してラフトに密航します。
そこでなんとか上手く立ち回り、「科学師」の一団に潜り込むことに成功するのでした。
その後革命が起こって大変なことになったり、さらに「骨人」の星というとんでもないところ(かなりとんでもない。グロい)に流刑にされたり、災難が相次ぎます。
こういった娯楽小説的な展開と並行して、星雲の危機というハードSF的な仕掛けも平行して進んでいきます。
絶望感満載の地獄行き超特急みたいな物語ですが、ラストはそれなりに希望のある終わりかたです。
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本作は「ジーリークロニクル」というシリーズの第一作目にして外伝的作品です。
しかしシリーズ長編全てを読んでからだと、本作こそシリーズの最後を締めくくる作品なのではと思えてきます。
時代的には、シリーズ年表の終盤あたりに位置します。
最終作「虚空のリング」読了後に再読すれば、ラストの重みも倍増ですよ。ホラーバークの最後のセリフが泣ける。
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訳文に若干気になる部分がありました。
宇宙空間の移動用に使われる「補給木」の説明で、「木は木質部分と葉叢からなる直径五十ヤードの輪だった」とあるのでリング状のものを想像したのですが、どうもこの「輪」というのは「車輪(wheel)」らしく、茎の部分がハブ、枝がスポーク、葉がリムに相当するようです。
奇抜すぎる世界なので、こういった説明にはもう少し気を使ってほしかった。
原文にも問題があるのか、バクスターの作品は情景や仕組みがサッパリわからないことが時々ある。
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かっこいい! おすすめ!
宇宙規模の圧倒的絶望に対し、生身の人間が知恵を武器に戦う、「これぞSF!」という傑作です。
シリーズ他作品では身体に改変がされていたりと生身感が薄いですが、本作はまさに勇気と根性、血と汗の勝利という感じで熱い。
難解な部分、過剰にグロテスクな部分もあり、ひたすら陰鬱な展開が続き、読むにはそれなりの覚悟も必要です。
万人向けの「良い子SF」ではないと言わねばなるまい……。しかしそこが魅力でもある。かっこいい。
入門用SFからもう一歩踏み込みたい人におすすめ。