このものすごいタイトルどうですか……。
これだけ大きく出るんなら、内容も相応のもんだろうな!?と言いたくなりますよ。
膨らんだ期待を満足させられるのか? ほらほら、どうなんだ、バクスターさんよー!
まっ、こういうのはたいてい見かけ倒しのハッタリ作なんですよ。
しかし……。
本作はタイトルに負けない内容ですばらしかったです。
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「ジーリークロニクル」の長編第二作目、前作が外伝的扱いだったので本編としては一作目です。
本作と「虚空のリング」で、ジーリークロニクルの基本的な歴史は完結します。
宇宙の誕生と死滅を扱った壮大な未来史なのに、実質的には長編二作で完結とは……。(他に短編二冊と外伝二作があります)
これぞ量子論SF!
量子論・タイムトラベルものです。
量子論ものというと、すぐに多世界解釈の話になり、「ようするにパラレルワールドものじゃん!」となってしまうことが多いです。
量子論とナノテクは、SFのおもしろい部分を「魔法」にしてごまかしてしまう面がある。
もっとワクワクする使い方ができるはずなのに、多くの作家が魔法の箱としてしか使わないわけですよ。
そして読者も「難しい話はいらん。面倒な説明は抜きにして魔法の箱からおもしろいものを出してくれ」と願っているフシがある。
しかしSFのおもしろさというのは、魔法の仕組み、つまり面倒な説明にあるのではあるまいか。
物理や科学を理解したうえで、「こういう理屈でこんなものが出ました!」というところに僕は魅力を感じる。
そこで時間的無限大です。
本作に出てくる「ウィグナーの友人」の計画は、量子論でお馴染みのある題材を扱い、とてつもない理屈を見せてくれます。
ある題材というのはつまり「シュレディンガーの猫」。
多くの量子論ものが「半分死んで半分生きてる猫」の説明を専門書から引き写してるだけなのに対して、本作ではその先が出てきます。このパラドックスをSF的なアイデアに昇華してるのです。
僕はこういうのが見たかったんですよ。
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瞬間移動でタイムトラベル!
本作のもう一つの大仕掛けは、ワームホールによるタイムトラベルでしょう。
ワームホールで作ったペアの「どこでもドア」を用意します。二つのドアは繋がっていて、Aから入るとBに出て、Bから入るとAに出るという構造です。
このドアの一つを地球に、一つを超高速の宇宙船に乗せるとします。
超高速、特に光速に近い速度で移動するものは時間の流れが外に比べて相対的に遅くなります。
ここで、宇宙船を一年飛ばし地球に戻ったところ、地球では十年過ぎていたとします。ウラシマ効果というやつです。お馴染みの相対性理論ですよ。
このときに宇宙船のドアに入ると、なんと出発から一年後の地球に出現するのです。
えー!? なんでー!?
二つのワームホールの出入り口は同じカードの裏表のようなものなので、同じ経過時間で繋がっているわけです。
西暦2000年に宇宙船が出発し、宇宙船の船内時間は一年で2010年に地球に戻ってきたとします。
2010年の地球にドアが二つ並んでいるとき、宇宙船ドアに入ると2001年の地球ドアに、地球ドアに入ると2019年の宇宙船ドアに出るというわけです。
(二つのドアは同時に年老いているため、この場合ドアとドアの時間差は九年になる)
ドアを出入りすると考えず、最初からずっとドアを跨いで過ごすと考えてみてくださいよ。
ドアの左右の空間は繋がっているので、跨いでいてもその人にとってはなんの問題もないわけです。
地球側の時間は普通に流れ、宇宙船内の時間も普通に流れます。宇宙船の外側の時間だけ早送りになるわけですね。(光速に近い速度で宇宙船が動くため、宇宙船の内部と宇宙船の外側で相対的な時間経過速度が変わる)
このタイムトラベルのキモのひとつは、宇宙船出発時以降までしか戻れないことでしょう。
一日過ぎるごとに戻れる限界も一日進んでしまうわけです。
セーブデータが自動保存され、保存数に限りがあるタイプのゲームで、新しくセーブされると一番古いデータが消える仕様と似ていますね。このタイムマシンの場合は、戻れる限界が瞬間瞬間で更新されている感じです。
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2000年未来の怖い宇宙生物が、すごい戦艦で人類を征伐に来る!
さて、SF的な仕掛けはおいといて、肝心のストーリーはどうなのでしょうか。
未来の地球は謎の宇宙種族「クワックス」に支配され、徹底的に管理されるわテクノロジーを取り上げられるわで大変なことになっています。
そんなときにワームホールインターフェイスを搭載した1500年前の宇宙船が現れます。
このワームホールを使えば1500年前の地球に警告できるわけですよ。
で、宗教じみた謎の一団がワームホールに飛び込んで過去に向かいます。
これはまずいと考えたクワックスは、「それならオレは500年先を見て対策考えてやる!」とワームホール搭載の宇宙船を作ります。
人類の宇宙船は、主観100年:出発地1500年という性能でしたが、クワックスの宇宙船は主観半年:出発地500年という高性能。すぐに結果がわかるぞ……。
半年後ワームホール開通! さっそく500年未来に行こうとしたら……その前に向こうから来た!?
未来では人類大勝利! クワックス絶滅の危機! なんでー!?
かくして500年後のクワックスは、すごく強い生体戦艦を1500年前の地球に送り込むことにしたのでした。
ただでさえ怖いクワックスが、すごく強い生体戦艦に500年後のスーパー武器を積んで人類征伐にいくぞ……。どうなってしまうんだ……。
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この説明を見ればわかるとおり、なかなかややこしい話です。ワームホールタイムマシンの仕組み自体がややこしい。
タイムパラドックスに関してはそれほど追求されてはいません。
ワームホールの基本アイデアに加え、GUT(大統一理論)宇宙船とか生体戦艦とか浮遊大陸型宇宙船とか特異点砲とか奇怪な生態の宇宙人とか特徴的な小道具もいろいろ出てきます。
SFとしては、科学ネタ、ストーリー共に難解なほうかもしれません。しかし、読むだけならわりとすんなり進むような気がします。その場その場の展開を追うだけでも楽しめるといいましょうか。
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僕の中でSFべスト10に入るお気に入り作です。
おすすめ。